古来より兵法では侵攻するときより、撤退するときの方が、戦い方は3倍難しいと言われている。
撤退する際には自分の側がどんどん数が減るので、敵が相対的に増えるから、状況はどんどん不利になるから。
故に侵攻した後は、ハンパな戦いをしてはならず、必ず敵戦力を壊滅させるか、有利な条件で停戦してからの撤退でなければいけない。
浅井長政の裏切りで破滅的に不利な状況での撤退戦だった金ヶ崎の戦いで殿をつとめた秀吉というのは、本当に有能な武将だったのだろう。
要件がどんどん膨らんできて、ユーザー殿はあれもこれもないと仕事にならないから全部作ってよねと言ってきている時、凡庸な管理職だとみんながんばれモードに突入して、全員がヘロヘロに消耗した挙句にバグバグのシステムをリリースしてクレームつきまくりというのが、システム開発にありがちな日常。
要件がどんどん膨らみ、投入リソースも増える一方のインフレーションモデルは、指揮官がどんだけアホでもリソースが有ればなんとでもなる。みんなでがんばったぜ!というカタルシスもあって、島耕作ばりのWin-Winな感じも味わえるかも知れない。
だが、リソースというのは限られていて、人間どんなに頑張っても一人あたま一日24時間以上は働けない。
手持ちのリソースは限られていて、リリース日は動かせず、作らなければならない機能は山盛り。
そういう状況下で、ユーザーを説得して要件をすっぱり切っていける管理職は素晴らしい。秀吉もかくやだ。
拡大モデルでアゲアゲで風呂敷広げるのは誰でも出来ること。
恐怖の収縮モデルのなかで、恐慌に陥らずに、きっちり手持ちのリソースを使い切って戦える人は本当に素晴らしい。
己に克つという有り勝ちなフレーズとは似て非なることだと思う。
恐怖の源を正確に認識せずに、力でねじ伏せて克つのは、ただの拡大モデルだろう。
王者ケニー・ロバーツは、消耗することは怖くないが、自分がどれだけ消耗しているか把握できないのは本当に恐ろしいことだと言った。
己に克つことより、己を知ることの方がより重要であると思う。
己を知っている人は、現時点の自分の力が強かろうが弱かろうが、それに見合った妥当な成果を出せる。
己を知らない人は、強きに出会ってはたやすく挫けて媚び、弱きにあたっては嵩にかかって虐げる。適正な出力を維持することが出来ない。
人生晴れの日ばかりではない。強いとか弱いとかなんてことは、本当はまったく重要ではないのだ。